はじめに
音声AIというと、コールセンターの話ばかりが出てきます。自社の業務に当てはめようとしても、電話の多い会社でなければ手が止まってしまうのではないでしょうか。
実際には、採用面接、多言語の接客、現場の記録、店頭の注文といった場所で動いています。そして同じ音声AIでも、成果が出て定着したものと、導入して数年で撤退したものにはっきり分かれています。
本記事では、4つの分野の実例を並べたうえで、その分かれ目がどこにあるのかを解説します。スマートエイトは生成AI研修と開発受託を手がけており、電話応対の音声AIを自社で開発した経験からこの内容を整理しています。
結論から言えば、認識精度は年々上がっており、任せられる範囲の線は実際に動いています。それでも撤退と定着を分けている問いは、精度の外にあります。
問いは3つです。埋めるのは「人の不在」か「いる人」の置き換えか。間違いにその場で気づける形にできるか。例外を引き取る人がどのみち残るか。
電話の外で動いている音声AI | 4つの分野の実例
採用面接|ESがAIで書ける時代の受け皿
いま最も動きが速いのが採用です。背景には、応募書類で人物を見分けにくくなったという事情があります。
paizaの調査(2025年5月・26〜29卒1,075名)では、26卒の80.6%が就活で生成AIを使った経験があり、用途の62%がエントリーシート作成でした。
企業側もこれを認めています。ロート製薬は2025年12月15日の公式リリースで、2027年4月入社の新卒採用からエントリーシートによる書類選考を廃止すると発表しました。理由として「生成AIの普及で内容の均質化が進み、従来の方法では一人ひとりの本質的な個性を十分に捉えきれない」と明記し、代わりに15分間の対話を全国8拠点で実施しています。
書類で見えないなら会話で見る。ただし全員と面接する工数はない。この隙間にAI面接が入っています。
多言語対応と現場記録|人手不足が深い業種から
2つ目は多言語対応です。日本政府観光局によると訪日外国人数は2025年に4,268万人と過去最高を更新した一方、宿泊業と飲食サービス業は厚生労働省の雇用動向調査(令和6年)で入職率28.4%・離職率25.1%と全産業で最も人が入れ替わる業種です。
対応は現場の道具として広がっています。TOPPANの多言語翻訳アプリは全国の郵便局約2万局にタブレットとして配備され、音声入力11言語・出力9言語に対応しています。空港カウンターでも、話した内容を自動で言語判定して字幕にする仕組みが使われています。
3つ目は現場の記録です。手が塞がっている業務では、キーボードそのものが使えません。厚生労働省が公開している医療機関のケーススタディでは、音声入力を含む看護記録のデジタル化を進めた病院で、時間外労働が月6.6時間から2.2時間へ減っています。
ただし厚生労働省の成果指標は「看護記録の電子化に伴う業務効率化」全体の効果としており、同ページには「音声入力に限定した取り組みではなく」とも書かれています。音声入力だけの差と読むのは行き過ぎです。
店頭・ドライブスルー|成功と撤退が分かれた分野
4つ目が店頭の注文受付です。ここは結果がはっきり分かれました。
モスバーガーは2026年1月21日、埼玉県の吉川美南店でAIによるドライブスルー注文の実証を始めました。特徴は、AIが一次対応し、雑音が多い場面や複雑な質問はスタッフが引き取るハイブリッドの構成にしている点です。
一方で米国のマクドナルドは、2021年から100店舗以上で試したAI音声注文を2024年に終了しました。別の報道によると、運用に必要とされた精度95%に対し、実際は80%台前半にとどまっていたとされます。同時期にDel Tacoも撤退しています。
*ハイブリッド:AIと人が工程を分担する構成。ここでは一次対応をAI、例外対応を人が担う形を指します。
成果が出た型と撤退した型|数字の推移と残った共通点
人が主体でAIが補助する型
事例を並べると、数字が公表されているのは「人が話し、AIが記録・翻訳する」型に偏っています。
物流では、生成AIが広まる前から音声による作業指示が使われています。ハネウェルが公開している食品卸の導入事例では、入庫から棚卸までの作業に音声を適用し、生産性30%向上、新人教育時間70%以上の短縮という結果が出ています。ただしこれは2012年に本稼働した10年以上前の事例で、当時の音声認識は今より制約が大きい前提でした。
裏を返せば、この型は技術が今ほど進む前から成立していたことになります。理由は役割の狭さです。AIは聞き取って文字にする、あるいは訳すことだけを担い、判断も会話も人が持っています。役割が狭いぶん、失敗しても人がその場で気づけます。
AIが人を置き換える型
対照的に、マクドナルドとDel Tacoは、AIが客と直接やり取りして完結させる型を2024年に相次いで撤退しました。
マクドナルドの事例で注目すべきは、精度80%台前半が「低すぎた」という話ではなく、95%が必要だったという点です。5回に1回間違える仕組みでも、人が確認すれば実務では回ります。回らなくなるのは、人の確認を外したときです。
Del Tacoの撤退理由として報じられたのも「結局、注文の入力確認に人間が必要だった」という趣旨のものでした。撤退は技術の限界というより、設計の前提が崩れた結果と読めます。
ただし、この撤退で流れが止まったと読むのは早計です。認識精度は上がり続けており、同じ業界で再挑戦が広がっています。
Wendy'sはForbesの取材に対し、スタッフの介入なしに完了した注文の割合が平均86%だったと公表し、2025年1月時点で17州・約100店舗に展開しています。Taco Bellも500店舗以上に音声AIを広げました。2022年の報告で80%台前半だった数字が、86%まで来ています。
精度が上がっても消えない問い
この推移が示すのは、精度が確かに上がっていて、任せられる範囲の線が毎年動いているという事実です。精度は関係ない、と言い切ることはできません。
それでも、拡大している2社は人を外していません。Wendy'sの86%は、裏を返せば7件に1件はスタッフが会話に入って直しているという数字です。同社はクルーの訂正まで含めれば成功率は99%近くになると説明しており、その数え方自体が、人が受け皿にいる前提を示しています。
Taco Bellの技術責任者も、店舗の混み具合に応じて音声AIに任せるか人が監視して介入するかを店ごとに判断していると述べています。完全自動をやめたのではなく、どの業務をAIに任せてどれを人に残すかの再設計です。
採用にはさらに、精度と関係のない軸があります。28卒の就活生101名を対象にした調査(2026年6月)では、AIの判定だけで不採用になることについて「絶対に納得できない」8.9%と「人の目を通していない評価には納得がいかない」45.5%を合わせ、54.4%が納得していないと答えています。判定がどれだけ正確でも、人が見ていないこと自体が受け入れられない場面は残ります。
線引きの決め手|精度が上がっても変わらない3つの問い
問い1・埋めるのは「人の不在」か「いる人」の置き換えか
最初の問いは、AIが何と比べられるかです。
時間外の電話、対応できる言語を話せる人がいない窓口、工数の都合で実施できなかった全員面接。これらの比較対象は「対応ゼロ」です。埋めるものが不在なら、精度が完全に届かなくても、ゼロよりは価値が立ちます。採用面接や多言語対応が定着に向かっているのは、ここに当たるためです。
ドライブスルーの比較対象は、目の前にいる従業員です。人は聞き返しにも、「氷抜きで」「ソースは別で」といった変形にも、冗談にも対応します。いる人を置き換える場合、AIはその水準と比べられるため、要求される精度が跳ね上がります。撤退が注文受付に集中したのは偶然とは言えません。
問い2・間違いにその場で気づける形にできるか
2つ目は、誤りの扱いです。
音声認識は固有名詞に弱く、これは仕組み上の性質です。Googleの研究チームが2020年に公開した論文は、その理由を学習データの中にまれにしか現れないことと、より一般的な語と発音が似ていることの2つに整理しています。
精度で解き切れない部分は、確認の形で解きます。スマートエイトが電話応対のAIを開発したときは、AIが聞き取った内容を読み上げ、相手は「はい」か「いいえ」だけを答える形にしました。難しい聞き取りを人に残し、易しい判定だけをAIに任せる設計です。
この形が作れるのは、答えが定型に落ちる業務です。日時・氏名・品番のように埋める欄が決まっていれば、読み上げて確認できます。何を提案するかがその場で変わる業務には、確認の形そのものが作れません。
問い3・例外を引き取る人が、どのみち残るか
3つ目は、例外の受け皿の経済性です。
Wendy'sの数字が示すとおり、1割強のやり取りは人が引き取ります。このとき、例外のために同じ人数を置き続けるなら、人件費はほとんど浮きません。ドライブスルーが難しいのは、調理と受け渡しのために店から人を消せない構造だからです。注文だけを自動化しても、人は隣に立ち続けます。
逆に、例外の受け皿を薄くできる業務なら、今の精度でも成立します。自社で病院の受付電話を作ったときは、症状の相談が来たらAIに答えさせず人へ取り次ぐ設計にしましたが、時間外であれば「翌営業日に人が折り返す」に落とせるため、受け皿は日中の担当者だけで足ります。詳しい組み立て方はAI電話で受付を自動化する方法にまとめています。
この線が引けない業務は、まだ対象になりません。線が引けないということは、業務そのものが整理されていないという意味だからです。任せる範囲の決め方はAIエージェントの暴走対策でも扱っています。
導入前に見ておくこと|費用・規制・最初の一歩
費用は積み上げになる
音声AIの費用は単一の料金ではなく、複数の積み上げです。電話で使う場合は3つに分かれます。
費用の種類 | 内容 |
|---|---|
音声AIの接続 | 通話とAIをつなぐ部分。Twilioの Conversation Relay は1分あたり0.07ドル |
通話回線 | 電話回線そのものの費用。上記とは別に計算されます |
モデル利用 | 会話用のモデルは音声トークン単位で、聞き取りより発話のほうが単価が高くなります。文字起こし専用のモデルは分単位です |
判断のときは、この積み上げを1件あたりの単価に直します。効果の測り方は生成AIの費用対効果を測る4つの問いで扱っていますが、削減できた時間ではなく「人が一度も出ずに完了した件数」で数えるほうが判断がぶれません。
採用で使うなら規制の動きを見る
採用は規制の対象になりつつある分野です。EUのAI規則は採用・人材選考に使うAIを高リスクに分類し、リスク評価や人間による監督を求めています。米国ではニューヨーク市が、自動雇用決定ツールを使う企業に年次のバイアス監査を義務づけています。
ただしEUの適用時期は動いています。高リスクAIの義務は当初2026年8月2日から適用される予定でしたが、EU理事会は2026年6月29日に、単体の高リスクAIシステムの適用を2027年12月2日へ延期することを正式に決定しました。
猶予は増えましたが要求内容は残るため、設計段階から人の監督を組み込むほうが手戻りは小さくなります。
日本には2026年8月時点でAI面接に固有の法規制がなく、職業安定法や個人情報保護法の一般原則が適用されます。海外で採用活動を行う場合は現地の規制が及ぶため、対象範囲の確認が要ります。
最初に測る数字
着手前に測るとよいのは、対象にしたい業務の「1件あたりの所要時間と件数」です。
受付電話なら、1日に何件かかってきて1件あたり何分話しているか。面接なら、一次面接に何人分の時間を使っているか。この2つが分かれば月あたりの総時間が出ます。総時間が小さければ、効果も小さいままです。
会話の中身を分析するのは、その後で構いません。量が足りているかを先に確かめるほうが、判断が速く済みます。
よくある質問|音声AI導入をめぐる疑問
AI面接には種類がありますか
大きく2種類あります。応募者が録画した動画をAIが後から評価する型と、AIがその場で対話して深掘り質問を出す型です。
前者は録画の採点、後者はリアルタイムの会話で、仕組みが違います。対話型の代表例であるSHaiNは、2026年3月に導入1,000社を突破したと公表しています。検討するときは、どちらの型なのかを最初に確認してください。
議事録ツールだけで足りますか
会議の記録が目的なら十分です。文字起こしと要約は標準機能で、決まったことの整理まで一通り揃っています。
本記事が扱っているのは、記録ではなく「相手と話しながら業務が進む場面」です。面接、接客、窓口、現場の作業といった、議事録ツールが対象にしていない領域が対象になります。
小さい会社でも使えますか
使えます。ただし条件があり、対象の業務手順が文章になっていることが前提です。
手順が誰かの頭の中にしかない状態では、AIに渡すものがありません。逆に言えば、手順書を作る過程そのものが業務の整理になるため、そこから始める価値はあります。
完全自動化を目指すのは間違いですか
最初から目指すのは避けたほうが確実です。精度が上がった後の拡大組でも、スタッフの介入なしに完了した注文は9割弱にとどまり、人の受け皿を残したまま運用しています。
現実的なのは、AIが一次対応し、例外は人が引き取る形から始めることです。範囲を広げるのは、どの例外が何件出るかが見えてからで間に合います。
さいごに
本記事では、採用面接、多言語対応、現場記録、店頭注文という4つの分野で音声AIがどう使われているかと、成果が出た型と撤退した型の違いを解説しました。
2024年に撤退した2社は、人の確認を外して完結させようとしていました。その後、精度の向上とともに同じ業界で再拡大が始まりましたが、拡大組も人の受け皿を残した設計で戻っています。精度は任せられる線を毎年動かしますが、線をどこに引くかを決める問いは変わりません。
自社の業務に当てはめるときは、埋めるのが「人の不在」か「いる人」の置き換えか、間違いにその場で気づける形にできるか、例外を引き取る人がどのみち残るか、の3つを見ます。そのうえで、対象業務の件数と1件あたりの時間を測るところから始めるのが、最も費用のかからない一歩になります。
「音声AIに興味はあるが、うちはコールセンターがない」という企業にとって、電話の外にこそ当てはまる工程があります。
音声を含めた業務へのAIの組み込み方は、スマートエイトの生成AI研修でハンズオン形式で扱っています → 生成AI研修の詳細
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