はじめに

社内ルールに「機密情報は入力しないこと」と書いたのに、現場から「これは機密に当たりますか」と何度も聞かれた経験はないでしょうか。生成AI利用ガイドラインで最後まで決まらないのは、禁止事項の並べ方ではなく「何が機密なのか」という線引きです。

本記事では、生成AIに入れていい情報の3つの条件、入れてはいけない情報の見分け方、自社で線を引く4つの手順を、公的機関とベンダーの公式文書をもとに整理します。スマートエイトは企業向けの生成AI研修と導入支援を行っており、本記事は一次資料を突き合わせた社内リサーチをもとに構成しました。

結論を先に書きます。線引きは「情報の種類」だけでは引けません。同じ顧客リストでも、会社が承認したAIに入れるのか、個人アカウントで開いたAIに入れるのかで扱いが変わるからです。読み終えたときに、自社の情報を3段階に仕分けた表を1枚作れる状態を目指します。

「機密は入力禁止」が守られない理由|禁止リストの限界

「機密情報」の定義が人によって違うのはなぜですか?

禁止リストが守られない原因は、現場のモラルではなく定義の不在にあります。「機密情報は入力しない」という条文は、何が機密かを決めていないためです。

国の枠組みも、そこは各社が決める前提で書かれています。経済産業省と総務省のAI事業者ガイドライン 第1.2版(2026年3月)は、AIを使う側への指針として「個人情報を不適切に入力することがないよう注意を払う」「機密情報等を不適切に入力することがないよう注意を払う」と示しました。一律の入力禁止ではなく、不適切な入力を避けよ、という書き方になっています。

つまり「何が不適切か」を決めるのは会社側の仕事です。ひな型の禁止条文をそのまま写すと、この決めの部分が空欄のまま現場へ渡ります。

取引先名が入った議事録は機密でしょうか。求人票の下書きはどうでしょうか。判断が人によって割れる状態は、条文の書き方ではなく分類の欠落から生まれます。

禁止リストを増やすと、なぜ現場が止まるのですか?

禁止を増やすほど安全になるとは限りません。Google Cloudの生成AI利用規程の作り方に関する解説は、「機微な情報を入力するな」という広い言い方がかえって逆効果になると指摘しています。何が機微かを具体的に定義しなければ、従業員は会社のリスク許容度と合わない判断を個人任せで下すことになる、という趣旨です。

同じ記事は、過度な禁止が会社の把握しないAI利用(シャドーAI*)を招くとも書いています。禁止しても業務は止まらず、見えない場所へ移るだけだからです。

数字も同じ方向を示しています。Netskopeの脅威調査「Cloud and Threat Report: 2026」(2026年1月公表)によると、職場で生成AIを使う人の47%が個人アカウント経由でした。

ここから導かれる順序は単純です。禁止条文を増やす前に、「入れてよい場所」を先に指定します。今週やることは1つで、自社ルールの禁止条文を1つ選び、その1文だけで現場が判断できるかを確かめてください。

*シャドーAI:会社が把握しないまま、従業員が個人の判断で業務に使っている生成AIのこと。

生成AIに入れていい情報は何か|3つの条件

入れてよいかどうかは、情報の種類だけでは決まりません。次の3つが揃っているかで判断します。

  • 条件1:会社が承認し、契約したAIであること
  • 条件2:入力した内容が学習に使われない契約・設定になっていること
  • 条件3:その情報を、使う本人がもともと見てよいこと

公開済みの情報はそのまま入れていいですか?

自社サイトに載せている会社概要、公表済みのプレスリリース、配布済みの製品資料は、どの区分のAIにも入れられます。外に出ても損害が生じないためです。

線引きの作業は、ここから始めると速く進みます。「出ても困らない情報」を先に確定させると、残った部分が本当に判断の要る情報になります。

なお、他社の書籍や記事をそのまま入力する場合は、著作権という別の論点が立ちます。本記事では扱いません。

社内資料は、どこまでなら入れていいですか?

出発点は「そのサービスに保存してよい情報は、そのAIにも処理させてよい」という原則です。会社契約のAIは、既存の契約の内側で動くためです。

Microsoftは公式文書で、プロンプトと応答、社内データを基盤モデルの学習に使わないこと、利用者が閲覧権限を持つ組織データしか表示しないことを明記しています(Microsoft Learn「Data, privacy, and security for Microsoft Copilot」2026年7月更新)。GoogleもGoogle Workspaceの生成AIプライバシーハブ(2026年8月更新)で、顧客の事前の許可なく顧客データをモデル学習に使わないと説明しています。

ただし、この原則には例外が2つあります。1つ目は外へ出る経路です。MicrosoftのCopilotのウェブ検索に関する文書(2026年8月更新)によると、回答の裏付けにウェブ検索を使う機能は、会社の契約範囲の外にあるBingへ問い合わせを送ります。組織単位でオフにする設定も、同じ文書に書かれています。

2つ目は「保存はできてもAIには読ませない」という中間の設定です。Googleは、暗号化した状態のファイルや、ダウンロード制限を掛けたファイルをGeminiが取得しない仕組みを用意しています(プライバシーハブ)。ベンダー自身が中間段階を作っている以上、「保存してよいならAIもよい」を結論にはできません。

会社が契約したAIなら、機密情報も入れていいのですか?

条件が揃えば「可」に振れます。行政の実例が、その変化を分かりやすく見せています。

東京都は2023年の文章生成AI利活用ガイドライン(概要版)で「個人情報等、機密性の高い情報は入力しないこと」と定めていました。現行の生成AI利用の手引き(2026年3月30日・Version 1.0)では、庁内共通ツールについて「セキュリティ面での検証を行ったうえで、機密性A*までの情報の取扱いを認めています。そのため、機密性の高い情報をプロンプトとして入力することや、個人情報等を含むメールやWeb会議の要約等が可能です」と書かれています。

許可の前提も同じ文書に載っています。「いずれのサービスにおいても、入力データが学習目的で保存されないことを確認」したうえでの許可であり、未許可の生成AIの業務利用と私物端末での業務利用は禁止で、懲戒処分の対象になりうるとしています。調達元によっては機密性の高い情報の入力が認められない庁内環境もあると書かれており、承認済みでも条件は残ります。

同じ「機密性の高い情報」という語に対して、3年で規律が逆を向きました。変わったのは情報の種類ではなく、入れ先の検証状況です。

公開情報・社内限り・機密の3種類の情報を、会社が契約したAI・契約済みの外部AI・個人アカウントのAIの3区分に入れた場合の可否を、丸・三角・バツで示した対応表

区分

既定の扱い

①会社が契約したAI

Microsoft 365 Copilot、Google WorkspaceのGemini

社内データの利用可(条件付き)

②契約済みの外部AI

学習に使わせない設定を済ませた法人向けChatGPT、API利用

情報の区分に応じて条件付きで可

③個人アカウントのAI

個人のアカウントで開いたChatGPTやGemini

業務データの入力は禁止

*機密性A:東京都の手引きが使う情報区分の呼び名。手引き自身は、その範囲を「機密性の高い情報をプロンプトとして入力することや、個人情報等を含むメールやWeb会議の要約等が可能」と説明しています。

入れてはいけない情報は何か|種類より「量」と「入れ先」で決まる

氏名1件と顧客名簿1万件は、同じ扱いでいいですか?

同じ扱いにすると、ルールは厳しすぎるか緩すぎるかのどちらかに振れます。手掛かりになるのは法律の書き方です。

個人情報保護委員会の生成AIサービスの利用に関する注意喚起(2023年6月)は、別添1で「あらかじめ本人の同意を得ることなく…個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合」に法違反の可能性があると示しました。分かれ目は入力そのものではなく、応答の生成以外に使われるかどうかに置かれています。

実務に落とすなら、1件の氏名と1万件の名簿は同列に扱いません。外に出たときの影響が違うためです。「個人情報」という塊を1行で禁止せず、1件単位と名簿・一覧で扱いを分けます。契約書や議事録も同じで、抜粋と原本では判断が変わります。

個人アカウントで使うと、何が変わるのですか?

変わるのは契約です。同じ「Gemini」という名前でも、サインインしているアカウントで扱いが根本的に違います。

GoogleのGeminiアプリのプライバシーヘルプ(2026年8月更新)によると、個人アカウント版では既定で人間のレビュアーがチャットの一部を確認し、モデルの改善にも使われます。アクティビティの保存をオフにする、一時的なチャットを使うといった回避方法も、同じヘルプに書かれています。

一方、Google Workspaceの法人向けGeminiは、保存済みのファイルと同じ顧客データとして契約の内側で扱われます。東京都の手引きが私物端末での業務利用を禁じているのも、この違いが理由です。

教育で最初に伝えるべきは、ここの区別になります。ツールの名前ではなく、どのアカウントで開いたかで判断させてください。

実際の事故はどこから起きていますか?

公開されている事故は、大きく2つの型に分かれます。

1つ目は個人向けAIへの入力です。Samsungでは2023年3月11日に社内利用を解禁した直後、約3週間でソースコードなどの機密入力が3件発生しました(The Registerの報道)。同社は5月1日から利用を再制限し(TechCrunchの報道)、1回の入力を1,024バイトに制限した社内AI環境を用意しています(CIO Diveの報道)。

2つ目は社内の権限不備です。Concentric AIの調査(2026年更新・同社顧客データを分析したベンダー調査)では、組織の重要データの16%が過剰共有*の状態にあり、1組織平均で80.2万ファイルがリスク下に置かれていました。Varonisは、過剰共有は以前からあった問題で、探す手間が実害を隠していたと指摘しています。AIはその手間を消します。

この2つに加えて、AI機能そのものの脆弱性という経路もあります。M365 Copilotの情報流出につながる脆弱性EchoLeak(CVE-2025-32711)は2025年6月に公表され、Microsoftのセキュリティ情報では修正済みで悪用は確認されていないとされました。

今回参照した範囲(ベンダーの公式文書、主要なセキュリティ媒体、規制当局の公表)では、会社契約のAIで学習が原因とされる漏えいの一次報告は見つかりませんでした。公開された事故の多くは、個人アカウントでの利用と社内の権限不備から起きています。ただし、会社契約なら安全という意味ではありません。

*過剰共有:社内の共有設定が広すぎて、本来は見る必要のない人にも見えている状態のこと。

自社の線引きを決める4手順|ひな型を写す前にやること

ひな型は土台になりますが、写しただけでは自社の線は決まりません。順番は次の4つです。

何から手を付ければいいですか?

手順1は、使っているAIの棚卸しです。部署ごとに「どのAIを、どのアカウントで、どの業務に使っているか」を1枚に書き出します。無料版と、業務で使っている拡張機能も対象に含めてください。

書き出したら、2章の表にある3区分へ割り当てます。一番太い線は、データの種類ではなくこの区分に引かれるためです。

棚卸しの目的は、禁止するツールを探すことではありません。区分①と②に「入れてよい場所」が1つも無い状態を見つけ、先に用意するためです。

自社の機密はどう洗い出しますか?

手順2は、AI専用の分類を新設しないことです。公開情報、社内限り、機密、極秘といった既存の情報管理規程をそのまま使います。分類を2系統に増やすと、現場は突き合わせられず形骸化します。

分類規程がまだ無い会社は、「社外秘かどうか」の2区分から始めれば十分です。運用しながら細かくしていきます。

手順3は、情報の区分とAIの区分を掛け合わせた表を1枚作ることです。読了後に作ってほしいのが、この1枚になります。

情報の区分

①会社が契約したAI

②契約済みの外部AI

③個人アカウントのAI

公開情報

△(会社としては非推奨)

社内限り

△(案件・ツール単位で判断)

×

機密(顧客情報・個人情報を含む)

△(印付け・自動検知・権限の棚卸しが済んだ範囲)

×

×

極秘(経営情報・未公表情報・要配慮個人情報)

×または個別承認制

×

×

△の条件をどう置くかが、会社ごとに変わる部分です。金融や医療のように規制の強い業種、要配慮個人情報を扱う会社は、△を×へ寄せます。

この構造は発明する必要がありません。JDLAの生成AIの利用ガイドライン雛形(第1.1版)は、個人情報を原則「入力しないでください」としつつ、「OpenAIのAPIや、Azure OpenAIサービスを利用する場合には個人情報保護法上の規制をクリアできる場合もあります」と書いています。標準的な雛形自体が、サービスの区分で扱いを変える構造を持っています。

決めた線を、どう守らせますか?

手順4は、規則を技術と例外ルートで支えることです。文書だけで守らせようとすると、1章で見た状態に戻ります。

優先度の高い順に3つあります。1つ目は、AIを全社へ広げる前の共有設定の棚卸しです。Microsoftの導入指針(Microsoft Learn「Secure & Governed Data Foundation for Microsoft Copilot」2026年5月更新)も、過剰共有の是正を3本柱の第一に置いています。2つ目は、ファイルへの機密度の印(秘密度ラベル*)と、機密情報の自動検知によるAI参照の制御です。3つ目が、個人アカウントAIの検知とブロックになります。

機能の利用条件は事前に確認してください。印を付けたコンテンツをCopilotの処理から除外する機能は上位プラン(E5・A5等)が前提で、E3は対象外です。プロンプト内の機微情報の保護は全Copilotプランで使えると、公式のライセンス表に記載があります。

記録の設計も忘れられがちです。Microsoftはプロンプトと応答を利用者のメールボックス内の隠しフォルダへ保存し、監査や記録保持(2026年6月更新)の対象としています。Googleは、Gemini利用の監査ログを管理コンソールとAPIから取得できます。

最後に、例外申請のルートを必ず用意します。「×」に例外の無いルールは、申請の代わりに個人アカウントでの利用を生みます。

自社の線引きを決める4手順を左から右へ並べた流れ図。使っているAIの棚卸し、AI専用の分類を新設しない、区分を掛け合わせた表を作る、技術と例外ルートで支える、の順

線引きが決まったら、次は投資に見合っているかを測る段階へ移ります。指標の作り方はAI投資の効果をどう測るかで整理しています。

*秘密度ラベル:ファイルやメールに機密度の印を付ける機能。印を条件に、AIの参照や共有の可否を制御できます。

よくある質問|学習・無料版・入力してしまった時の対処

入力した内容はAIの学習に使われますか?

会社契約のMicrosoft 365 CopilotとGoogle WorkspaceのGeminiは、公式文書で学習利用を否定しています。個人アカウント版のGeminiは既定でモデルの改善に使われるため、扱いが逆になります。

確認の順番は2つです。まず、どのアカウントでサインインしているかを見ます。次に、管理者側の設定でどこまで許可されているかを確かめます。

無料版と会社契約版で、何が違うのですか?

違いは価格ではなく、契約と管理の有無にあります。会社契約版はデータの取り扱いを定めた契約の内側にあり、利用の記録を管理者が追えます。

無料版や個人アカウントには、その枠組みがありません。東京都の手引きが未許可ツールの業務利用を禁じているのも、同じ理由からです。

ガイドラインはゼロから作る必要がありますか?

必要ありません。JDLAの雛形を土台に、個人情報保護委員会の注意喚起とAI事業者ガイドラインの利用者向け指針を照らせば、骨格は揃います。

ひな型に入っていないのは2つだけです。自社の情報分類と、承認したAIの一覧になります。この2つを埋める作業が、4章の手順にあたります。

間違えて入力してしまった場合はどうすればいいですか?

最初に、使ったのが会社契約のAIか個人アカウントかを確認します。会社契約であれば、管理者が記録から影響範囲を特定できます。

個人アカウントの場合は、学習利用の設定を止めてから履歴を削除します。手順はChatGPTに入れた個人情報を削除する手順Geminiに個人情報を入れてしまった時の手順にまとめています。

そのうえで、いつ・どのAIに・何を入れたかを記録し、社内の報告ルートへ共有してください。次のルール改定の材料になります。

決めた線を現場へ定着させる段階でつまずく場合は、スマートエイトの生成AI研修で扱っています。

さいごに

本記事では、生成AI利用ガイドラインの中心にある線引きを、情報の種類とAIの区分の掛け合わせで決める方法として整理しました。入れてよいかどうかは、会社が承認したAIか、学習に使われない契約と設定か、本人の権限の内側か、という3点で判断できます。

禁止条文を増やしても、判断の材料が現場に無ければルールは守られません。東京都が3年で規律を変えたように、線は情報の種類ではなく入れ先の検証状況で動きます。

まずは今週、使っているAIの一覧と、情報を3段階に仕分けた表を1枚作ってください。ひな型を写す作業は、その後で十分に間に合います。配ったルールを現場に根づかせるところまで設計したい場合は、生成AI研修という形で伴走する方法もあります。